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「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」展
Mandala Design sachiです。

お台場にある日本科学未来館に行きました。お目当てはウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」初の大規模アート展。




ー チームラボは、プログラマ・エンジニア(UIエンジニア、DBエンジニア、ネットワークエンジニア、ハードウェアエンジニア、コンピュータビジョンエンジニア、ソフトウェアアーキテクト)、数学者、建築家、CGアニメーター、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、絵師、編集者など、スペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート・サイエンス・テクノロジーの境界線を曖昧にしながら活動中。ー
出展:http://odoru.team-lab.net


とにかく面白く鑑賞できた作品展だった。
テクノロジーの進化をアートを通じて知ることができるのはとても楽しいし、有意義なことだと思う。
でも、「楽しい」からはほど遠いような、苦行並みに煩雑なプロセスを経てこそ産み出される作品群なのだろうな、とも感じた。







"生命は生命の力で生きている"(2011)

変化がとても緩やかで、ふと気がつくともう様子が違ってる、というところが実際の自然とよく似ていると思った。ときを忘れてじっと見入ってしまう。まわりで見ている人達もそのようだった。こんな額がリビングにあったらなぁと思う。





"Nirvana"(2013)

ニルバーナは、幻惑的。夢とうつつの狭間でたゆたう感覚。
高さ5m、幅20m。
伊藤若冲(1716 ‒ 1800)のこの作品はデジタルとの相性抜群。
(「鳥獣花木図屏風」「樹花鳥獣図屏風」がモチーフになっている)





"世界はこんなにもやさしく、うつくしい"(2011)

「花」の文字に触れるとそこに鮮やかな花弁が開いたり、「金」に手を伸ばすと、金粉が舞ったりするのを見ると嬉しくて、何度でもやりたくなった。やっているうちに四方八方に花鳥風月の世界が広がって行く。
自分が触れると作品が変化する、ということにワクワクするのは大人も子どもも同じ。(同行したM氏は大人だけど、文字が落ちてくるのを手を伸ばして待っている子どもにも負けじと、沢山の文字に触っていた!)




"追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして分割された視点 ‒ Light in Dark"(2014)

疾走感に目眩。床がもう一つのスクリーンとなり、上下対称の万華鏡的世界を作り出していた。映像とサウンドに包み込まれ、心地よい。









お絵描き水族館では子ども達に混じって自分の描いたクラゲを泳がせたよ。




紙に描いた海の生き物がデジタル水族館に放たれるという!





自分は唐草クラゲを描いた。スキャン担当のおじさんにいそいそと手渡す…





と、間もなく水槽の中で泳ぎだした!
うわーものすごく嬉しい。




メディアブロックチェア。組み合わせると色が変わる。美しい。欲しいな。


お子さまと一緒に是非!
自分ももう一回位行きたいかも。


「未来はこんなに面白くて、美しい」
日本テレビ放送網 企画・プロデューサー 岩間 玄

チームラボは僕らに未来を見せてくれます。それもとびきり面白くてかっこいい未来です。子どもも大人も、年齢も性別も関係なく、同じようにワクワク出来るようなイカした未来。それを手繰り寄せるために彼らは、古臭い区分けやボーダー、ジャンルを易々と軽々と飛び越えます。理系も文系も関係ない。芸術か科学か。そんなことはどっちでもいい。アートか遊びかビジネスか、はたまた教育なのか、そんなものは観る人が決めればいい。軽やかで鮮やかなチームラボのクリエイティブ。それはひょっとしてかつてテレビが果たしていた役割なのかもしれません。何が飛び出してくるか分からない、サーカス小屋のようなドキドキ感。常識的な大人たちを煙に巻き、一足飛びで新しい世界に連れていってくれる魔法の力。そんな彼らのキラキラした姿を見て、僕は次の時代の扉が開く歴史的な瞬間に立ち会っていることを知るのです。

出展:http://odoru.team-lab.net



チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地
会期 2014年11月29日(土)〜2015年5月10日(日)
会場 日本科学未来館
〒135-0064 東京都江東区青海2−3−6
開館時間 10:00〜17:00
3月7日以降の土曜・日曜・祝日は10:00〜19:00(入館は閉館30分前まで)
休館日 毎週火曜休館。
但し、2014年12月23日、2015年1月6日、3月31日、4月28日、5月5日は開館。
年末年始休館:2014年12月28日(日)〜2015年1月1日(木)
※3月2日(月)〜3月6日(金)の期間、本企画展の開催はありません。
| アート | 00:25 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「2014ONION感謝祭★展」
Mandala Design sachiです。お暑うございます。


麻布十番にあるアートギャラリーAzabujuban Galleryにて催されたONION(鬼塚哲郎)氏の『2014ONION感謝祭★展』(8月18日まで)に行ってきました。






自分の部屋に飾りたくなるような比較的小ぶりの絵や、
くすりとしてしまうようなかわいらしいオブジェなどが展示された空間は、
あたたかい雰囲気に満たされていました。
モチーフは龍や天使や仏様。



(Azabujuban Galleryサイトより転載)



ONIONさんの作品に特に強く感じるのは、colors!色彩の豊かさ。
気持ちのよい配色。
ご自身が楽しみながら色を選び、描かれたのだろうな、なんてことを考える。見ているこちらも幸せな気分になり、彩りのあるこの世に生まれてよかったなーなんて思ったりした。







ONIONさんには、当唐草倶楽部でお手伝いさせていただいた「神に捧げる芸術祭」(2012 於:酒折宮)でも出品していただいたことがある。その中でもわたしが大好きだった作品群はこれ。





まったくもってかわいらしいなぁ。


途中、(自称?)テノール歌手でもあるONIONさんはイタリア歌曲をご披露くださいました。
その素晴らしい歌声にご来場の皆さんも酔いしれておりました。






ONIONさんは、今年10月よりイタリアに移住されるのだということ。
あちらではあらたな形の作品作りに挑まれるのだという。
これからの展望について話されるONIONさんの目は、それはもうキラキラとしていた。
自分も(何にだかわからないけど)頑張るぞ!という気にさせられた。ありがとうございます。


今、もっとも愛を感じさせる芸術家、ONIONさんの未来に乾杯!



| アート | 18:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」
Mandala Design sachiです。

ルドルフ・シュタイナー展を観に神宮前のワタリウム美術館に行ってきました。


「ルドルフ・シュタイナー展 天使の国」



日本ではシュタイナー教育で広く知られるルドルフ・シュタイナー(1861 - 1925)だが、自分は、若いころ興味を抱いた「神秘学」すなわちオカルティズムの流れでその名を知った。

神秘学とは、合理的な理性によって万物を理解しようとする近代の自然科学とは異なり、「直観によって」存在するものと超自然的なるものをとらえようとする知識体系。
本来は占星術、錬金術、魔術などの実践を指したという。

今回の展示を見て、表面的なことではなく、より深いところで理解したいと思ったので、彼の著書『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』を購入し、今読んでいるところ。




超感覚的世界。
わたし達は、日ごろ当たり前のように、目に映るものを見て何かを感じたり感じなかったりしているわけだが、ごくごくたまに、見慣れたものがいつもとは違ったようすで見えてくることがある。

それは例えば、文字をじっと見つめていると何と読むのかわからなってしまうようなときとか、発熱時に自分の部屋のカーテン模様に目新しさを感じてしまう(うちのカーテンこんな柄だったっけ?と思うなど)ときとか。
見ているつもりで見ていなかったものを、あらためて見つめる際にそれは起こる。

そこで見るのは、意味なんかすべてとっぱらったそれそのものの本質的な姿なのだと思う。
けれども、そんなもんいちいち確認していたら日々消耗するばかりなので、ひとは通常運転ではそれらのことに気を配らず生きていくようにできている。ある意味では、本質世界をばっさり排除した、現実世界ストーリーの中に生きているとも言えるかも。それってだけど、なんかつまんないよなー



比するに、子どもはきっと本質そのものの世界の中に生きているのだろう。見るものすべてが珍しい。非常にうらやましい。
それを、現実世界ストーリーの中でうまく適応していけるように訓練するのが、普通の学校教育なのかもしれない。
シュタイナー教育は、それとは異なる過程を目指すようだ。



ー シュタイナー教育では、人間の成長を7年おきに大別してとらえる。

生まれてから成人するまでの21年間のうちに世界から「真・善・美」を全身を通して理解し、その世界と自分との一体感を見いだし、世界の中で自由で自律的に生きることのできる人格の育成を目指す。

第1七年期(0〜7歳)
- 肉体が誕生してからの7年間。この肉体を動かす事、すなわち意志の成長が課題となる。萌芽的な段階にあるエーテル体をゆっくり教育するため、無意識的な活動、特に毎日の生活のリズムを重視する。この時期の子どもは周囲の大人、特に両親からの直接的、間接的な影響を全身に吸い込んで成長する。
つまり無意識的にも「(私の周りの)世界は善であふれている」ことを子どもが理解するような教育を目指す。

第2七年期(7〜14歳)
- エーテル体が既に自律し、アストラル体が活動するようになるまでの7年間。アストラル体が司るもの、すなわち感情の成長が課題となる。そのため芸術に重きを置いた教育実践によって、いきいきした感情を育み、「世界は美しい」とおぼろげにも感じられる教育を目指す。

第3七年期(14〜21歳)
- アストラル体が既に自律し、自我がはっきりしてくるまでの7年間。表象活動の活発化が課題となる。
明晰な表象活動により「世界は真実に満ちている」ことをはっきり理解する教育を目指す。 ー

http://ja.wikipedia.org/wiki/シュタイナー教育
より



どの時期にも、
自分と自分の存在する世界を「肯定」し、受け入れること
が非常に特徴的だと思った。
自分と世界をコネクティング。
ヨガ哲学と通じるところがあると感じた。


" 宇宙を認識したければ、汝自身を見るがよい。
人間を認識したければ、宇宙を見るがよい。"
(1922年のシュタイナー講義より)



さて、今回の展示は大きく分けて3つのパートがありました。

1つめは黒板ドローイング。

ー シュタイナーが農民や労働者、学者たちに向け行なった講義の際、内容を説明するために用いたものです。弟子たちは講義録とともに黒板の絵や文字も遺したいと考え、あらかじめ黒板に黒い紙を貼ってそれを保存するようになります。 ー
以下引用文はすべてワタリウム美術館サイトより


左か右か(1922)


これら黒板ドローイングは1,000点も保存されているという。
「思考する絵」というアートの新しい分野として、注目を集めているとのこと。




2つめは、シュタイナーの建築とデザイン。

ー 1913年に着工され1922年に火災により消失した幻の建物「第一ゲーテアヌム」を300余点のドキュメント写真や模型で、さらに日本で初めての公開となるウインドーのための習作ドローイングなども展示します。また、シュタイナー自身がデザインし現在も使用されている家具やランプ、それらのかたちの原点を見ることができる装飾品などさまざまなアイテムを展示し、思想から日常まで広がるシュタイナー哲学の実践を検証します。 ー


ルドルフ・シュタイナーがデザインしたペンダント 
銀製、アメジスト 6 . 7×8×1 c m  制作年不明

シュタイナー、デザインも素敵。


3つめはスイス、ドルナッハの丘に現在も建つ「第二ゲーテアヌム」。






(第二ゲーテアヌム内観 大ホール 撮影:鈴木理策 2002年)
CINRA.NETより


シュタイナー思想から大変影響を受けた、オラファー・エリアソンのデザインによる『オロイド・ランプ』がとても可愛かったです。
ルドルフ・シュタイナーに関する諸々。
これからもう少し勉強して行こうと思います。









ワタリウム美術館

会期  2014年3月23日(日)― 7月13日(日)
休館日 月曜日[5/5は開館]
開館時間 11時より19時まで[ 毎週水曜日は21時まで延長]
入場料  大人 1000 円 / 学生[25 歳以下] 800 円 
ペア券:大人 2人 1600円 / 学生 2人 1200円
会期中何度でも入場できるパスポート制チケット
身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方:ご本人500円/介助者[1名様まで] 800円*会期中何度でも入場できるパスポート制チケット
助成 プロ・ヘルヴェティア財団/
ハンス・フリーダー・ウィルマン財団
後援 スイス大使館
協賛 株式会社ヴェレダ・ジャパン
出展協力 ルドルフ・シュタイナー遺産管理協会
監修 ヴァルター・クーグラー
会場デザイン フジワラテッペイアーキテクツラボ
映像制作 大房潤一 
グラフィックデザイン 山本和久(Donny Grafiks)
| アート | 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「101年目のロバート・キャパ ー誰もがボブに憧れたー」展  於:東京都写真美術館
Mandala Design sachiです。
ロバート・キャパ展を見に、恵比寿にある東京都写真美術館まで行きました。ガーデンプレイス界隈、この季節の気持ちよさは格別です。




ー 40年の生涯の中でスペイン戦争など5つの戦場を写した写真家として知られるキャパですが、約7万点とも言われる作品の中には、同時代を生きる人びとや友人たちへの思いをこめて写されたカットが数多く存在します。本展は、キャパの真骨頂ともいえるユーモアや生きる喜びが表れた作品を中心に構成し、編集者としてキャパの盟友であり続けたジョン・モリス氏へのインタビュー映像などを通して、次の100年に向けた新たなキャパを見ていただく機会になります。「伝説のカメラマン、キャパ」ではなく、挫折や失意を味わいながらも、笑顔を忘れず多くの友人と友情を深め、女性たちと恋に落ちたボブ(キャパの愛称)の等身大の魅力をこの機会にご覧ください。 ー
「101年目のロバート・キャパ」公式サイトより


ロバート・キャパを世界的に有名にしたのは、スペイン内戦中に撮影したとされる『崩れ落ちる兵士』(DEATH IN SPAIN)。
キャパは当時22歳。





この写真は以前、NHKの沢木耕太郎ドキュメンタリー「運命の一枚〜“戦場”写真・最大の謎」という番組で扱っていたこともあり、興味を持ってまじまじと見た。
沢木の著書『キャパの十字架』に詳しいらしいが(未読)、この写真はさまざまな角度からの検証の結果、実際の戦場を撮ったものではない、という分析がなされた。つまり「やらせ」というわけだ。
番組では、「キャパのカメラは兵士の頭が銃で撃ち抜かれる瞬間をとらえた」(『ライフ』誌 1937年7月号)とキャプションが添えられていた被写体は実は死んでおらず、さらには撮影したのはキャパ(アンドレ・フリードマン)ではなく、恋人であり仕事のパートナーであったゲルダ・タローであった、という指摘もなされていた。
(正確に言うと、「ロバート・キャパ」は、フリードマンとゲルダ・タローのユニット名。けれどもキャパと言ったら、やはり彼ですよね)



キャパ撮影のゲルダ・タロー


それらは例えば、写真の原版(ネガ)がキャパが持っていたライカ判ではなくて、ゲルダが使用していたローライフレックスのもの(6×6サイズの正方形)だった、とか、写っている山の稜線などから判断するに前線となったセロ・ムリアーノからは遠く離れた土地だった、などの検証結果から明らかにされている。
でも、そんなことどうして今まで分からなかったのかなーと素人ながら思っていたら、指摘自体は、40年ほど前から欧米の写真家のあいだで存在していた、とのこと。ふーん。これは今だったら間違いなく2chで吊るし上げられ→スライド使って記者会見、の流れですね。
ご興味ある方は以下をどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/崩れ落ちる兵士

あまたの戦場写真は本当にものすごい迫力だった。
街角に立ってカメラを構え、ちょっと雑踏を撮るときですら、変な自意識にまみれ、どっと疲れてしまう自分からしてみたら、戦場でどうしたらこんなに兵士に近づいて決定的な一枚を撮れるのか、ほんとに意味が分からない。敵であるドイツ兵に背を向けて、ギリギリした前線を撮ったものもあった。
よほどその場で信頼を得ないと無理だろう。

自分がいいな、と思ったのは、”つかの間の安らぎ”シリーズ。
戦時下において、兵士や庶民が人間性を取り戻している、ひとときの安息が切り取られている。
逢瀬を楽しむ若い兵士とその恋人、とか
頭を寄せ合って、出征した息子からの手紙を読む両親、とか
防空壕の中で交わされるゆったりとした語らい、とか
ロシア兵に時計を高く売りつけるズルい顔したアメリカ兵、とか。
悲哀のさなかにも確かにあっただろう、ひとびとの充足がそこはかとないユーモアとともに写し出されている。
キャパは優しくて、ひとが好きだったんだろうなー。

キャパの作品群を前に、写真というものについて気づいたこともあった。
それは「被写体の視線の先も構図のうち」ってこと。
だから、視線を持つ「ひと」というものを被写体に据えると、その構図がたちまちダイナミックになる。
ひとが写っていることにより、その写真はものすごい情報量を持つ。
写真は言葉を発しないが、ひとの目線や表情や仕草ほど、饒舌なものはないと感じた。
(自分ももっとひとを撮りたくなりました)



ドイツ兵との間にもうけた赤ん坊を抱いて家に帰る若い女性・シャルトル/フランス(ドイツ軍に通じていたフランス女性が、フランス解放後に裏切りを糾弾され、見せしめに丸坊主にされた)



1937年スペイン内戦。空襲警報の音に、避難先に走って逃げる親子


ロバート・キャパは、1954年インドシナ戦争取材中、地雷に抵触して死亡した。
彼が最期に使っていたカメラ、ニコンSも展示されていた。
そのレンズは割れ、泥がついているように見えた。

5月11日 ( 日 )までの開催です。


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101年目のロバート・キャパ
誰もがボブに憧れた
会 期: 2014年3月22日 ( 土 ) 〜 5月11日 ( 日 )
休館日:毎週月曜日(ただし4月28日、5月5日は開館。5月7日は臨時休館)
料 金:一般 1100(880)円/学生 900(720)円/中高生・65歳以上 700(560)円


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| アート | 19:07 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために」
Mandala Design sachi です。

震災後、この国のひとびとの、メディアや国に対する信頼は完全に失墜しました。また、これまで長いこと機能していた、欺瞞に満ちた要塞の向こう側が、多くの人に見えるようになりました。

社会構造を変えることは、大変な困難を伴うでしょうが、このことをきっかけにして、命を守るくらしを目指すことも不可能ではありません。けれども今、社会はそれとは逆の方向に進んでいっているように感じられるのです。

今ほど、ひとりひとりの感性が問われているときはないでしょう。
3.11後、はじめての六本木クロッシング2013展、アーティスト達はそんな時代の感覚をどんなかたちで表現するのか。
期待を胸に、森美術館に出かけました。



http://www.mori.art.museum/contents/roppongix2013/

OUT OF DOUBT! 来たるべき風景のために
疑うことからはじめよう


〜日本のアートシーンを総覧する3年に一度の展覧会シリーズ「六本木クロッシング」。4回目となる本展では、東日本大震災以降明らかに高まっている社会的な意識を反映しつつ、日本の現代アートの「いま」を、歴史やグローバルな視点も参照しながら問いかけます。
これまでのあらゆる社会通念や既存の制度に向けられた疑念(ダウト)から、アートを通じてどのような生産的な議論を生み出せるのでしょうか?〜 森美術館「六本木クロッシング2013展」より



一部を除き写真撮影可でした。
印象に残った作品をお伝えします。



『人外交差点』(2013) 風間サチコ 1972年生

公共事業や戦争など、政治的かつ歴史的なテーマを「現代」の視点で見つめ、表現する木版画家。

この作品には、日本中で一番「見られている街」である渋谷のスクランブル交差点を舞台に、戦前・戦中の弾圧、統制を象徴する亡霊、インターネットという黒魔術、それらに無防備な市民などが描かれている。


よーく見てみると…


背番号をつける市民!
近くには2chやFacebook、Twitterなどと書かれた魔法陣のようなものが。
*2013年、わが国では特定秘密の保護に関する法律(秘密保護法)が成立しました。



東急?はTOKKOUとなっている。伏せ字が多くて、思うように読めない文章も。いつか社会の授業で習った黒塗りの書物が思い出される。


下は、『獄門核分裂235』という作品。
235というのは、ウラン235であり、日本で初めて原子力関連予算が国会で可決された際の額、2億3500万円からきているという。



『獄門核分裂235』(2012)
 風間サチコ





椅子と古着を累々と積み上げた小林史子の作品(『1000足とはじまりの果実』)の向こうに見えるのは、中村宏の作品群。




1932年生。代表作は『砂川五番』。


『砂川五番』(1955) 中村宏
http://www.webdice.jp/dice/detail/2635/より転載
(こちらの作品の展示はありませんでした)


以下の二つの作品から、目が離せなかった。
50年前の作品だが、まさに今年描かれた、と言ってもしっくりくる。今現在の、この国の空気にぴったり。



『観光独裁』(1965) 中村宏



『聖火千里行』(1964) 中村宏


今回の展示に関して中村が話している内容が興味深い。
彼が50-60年代にこれらの作品制作で表現したことは、疑念(ダウト)ではなく、「否定」だったと言う。いつまでも疑念だけ持ち続けることは、あり得ない、「ちょろい」と話していた。
また、福島の原発事故の際には、もう一度敗戦・戦後が来たと思った、そしてそれを経ても権力はなに一つ反省していない、と話していた。

前述の風間サチコも同じようなことをインタビューで語っていた。
中村も風間も、この展覧会のテーマ「来たるべき風景のために、疑うことからはじめよう」という文言じたいに、甘さを感じているのだ。示唆的なことだと思う。

3.11以降、この国には様々なことが起こっています。
私たちは、原発が三機同時にメルトダウンという、人類がかつて経験したことがない事故を起こしました。
そして、我々の祖先が何千年も大切にしてきた国土と海を汚しました。
(私は、悪い夢なら早く覚めて、と何度も思いました)
福島第一原発では今もなお、地球上で誰も試みたことのない、使用済み燃料棒取り出しという危険な作業が続けられています。くわえて、現政権は原発再稼働や憲法改悪に前のめり。

最初に、今ほどひとりひとりの感性が問われているときはない、と言ったけど、この目の前の現実をどう捉えるか。
個人としてどう感じ、どう反応するか。
何が正しいということはなく、解は人の数だけあるのだと思います。


他にも社会性を帯びたものが多くあり、時代のパワーを感じる作品展でした。


丹羽良徳 1982年生


遠藤一郎 1979年生



金氏徹平 1978年生


森美術館開館10周年記念展
六本木クロッシング2013展:アウト・オブ・ダウト―来たるべき風景のために
会  期: 2013年9月21日(土)−2014年1月13日(月・祝)
〜〜〜終了しました

会  場: 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
主  催: 森美術館
企  画: 片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)
ルーベン・キーハン(クイーンズランド・アートギャラリー | ブリスベン近代美術館アジア現代美術キュレーター)
ガブリエル・リッター(ダラス美術館アシスタント・キュレーター)




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| アート | 16:51 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
養老天命反転地!
Mandala Design sachiです。
春に、ずっと行きたかった「養老天命反転地」を体感するために岐阜まで出かけました。





〜 世界的に有名なアーティスト、荒川修作氏とそのパートナーで詩人のマドリン・ギンズ氏の構想による庭園です。この庭園はメインパビリオン「極限で似るものの家」と「楕円形のフィールド」の2つの部分から構成されています。「楕円形のフィールド」には、「極限で似るものの家」を分割した9つのパビリオンが点在し、さらに、対をなす丘とくぼみ、148もの曲がりくねった回遊路、大小さまざまな日本列島などがつくられています。ここでは、予想もつかなかった風景や懐かしい風景、いろいろな出来事に出会うことになるでしょう。あるいは天命を反転させることができるかもしれません。「養老天命反転地」は、そのための実験場なのです。〜
岐阜市養老公園のサイトより


「身体感覚の変革により、意識の変革が可能」
と考えた、彼らの実験的なアートプロジェクトだという。
要するに、体感型のインスタレーションなのかな。。
自分はもうずいぶんと前から養老天命反転地のサイトを見てはわくわくしていたのが、やっぱり何だか今ひとつピンとこない。

マップを見ると13ものエリアに分かれている。
そのエリア名が
「不死門」とか
「昆虫山脈」とか
「白昼の混乱地帯」
「宿命の家」
とか、いちいち魅力的。

「極限で似るものの家」の使用法には、こう書いてある。

●何度か家をでたり入ったりし、その都度違った入口を通ること。
●中に入ってバランスを失うような気がしたら、自分の名前を叫んでみること。他の人の名前でもよい。
●思わぬことが起こったら、そこで立ち止まり、20秒ほどかけて(もっと考え尽くすために)よりよい姿勢をとること。
●どんな角度から眺める時も、複数の地平線を使って見るようにすること。
●一組の家具は、他の家具との比較の対象として使うこと。
●遠く離れている家同士に、同じ要素を見つけること。最初は明らかな相似を見つけ出し、だんだん異なる相似も見つけ出すようにすること。....


「楕円形のフィールド」エリアはこう。

●楕円形のフィールドを歩く時、「極限で似るものの家」の光景をできるだけ思い出すこと。そしてその逆も試すこと。
●空を、すり鉢形の地面に引き下ろすようにしてみること。
●日本と呼ばれる列島との、見えたり見えなかったりするつながりで、自分がどこにいるのか常に問うこと。
●「白昼の混乱地帯」の中では常に、ひとであるより肉体であるよう努めること。
●何かを決めるために、あるいは以前決めたよりもより繊細に、またはより大胆に(あるいはその両方に)なるために、「もののあわれ変容器」を使うこと。
●「地霊」の中では、地図上の約束を忘れること。
●「宿命の家」や「降り立つ場の群れ」と呼ばれている廃墟では、まるで異星人であるかのようにさまようこと。...


・・・。
意味が全然分からない。。
やはりこれは実際に行ってみるしかないんじゃないか!

というわけで、東海道新幹線で名古屋まで行ってしばしの観光後、
JR大垣駅から養老鉄道に乗り、のどかな田園風景の中を走ること25分。
とうとう養老駅に着きました。



きれいな赤の養老列車。可愛いな。ごとごとと揺られたら、案の定うとうと。




思えば遠くに来たもんだ。養老孟司は何かここと関係あるのかな。




見えてきたよ!広々とした敷地内にカラフルな建物。空も真っ青。あざやか色のハーモニー。




これはエントランス&事務所内。床が斜めで頭がぐらぐら。天井にも映し鏡のように迷路が。




「不死門」エリアの主・猫くんは瞑想中。見渡す山並みの向こうには琵琶湖があるはず。




おっと。あれに見えるは「極限で似るものの家」だ。




屋根は岐阜県の地図。




中に入るとまもなく平衡感覚が狂ってきた。平らな地面は皆無。足取りがふらつく。




天井に椅子を発見!見上げてばかりいると足下が危ない。




ソファは壁を通り抜ける最中に力尽きたもよう。




いたるところに狭い通路があった。強い光にくらくら。産道通って何度も生まれ変わるよ!




きたー!「宿命の家」
うーん...想像とちょっと違うかも。。




全景をながめる。深呼吸が気持ちよい。UFOが誤ってばんばん飛来しそう。




ついでに養老の滝にも足を伸ばしました。



養老町は自然豊かな素晴らしいところで、将来住んでみたい場所候補になりました。
「養老天命反転地」はお子さん連れの方が楽しめますね。
いい大人は事後ガクガクです。

ということでレポートはおしまいー。


養老天命反転地(養老公園)
〒503-1267 岐阜県養老郡養老町高林1298-2
tel.0584-32-0501 fax.0584-32-4507
入場時間 9時から4時半まで

養老天命反転地



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| アート | 14:51 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
神代植物公園に行ってきた。
三月です。春はすぐそこ。
そんな季節をスナップしようと、Mandala Design sachiは、調布市にある神代植物公園に行ってきました。

平日でひとも疎らだろうと思いつつ入園し、歩き始めると、のっけから池のそばに人だかり。梅の木の方に向けて、2、30人ほどがカメラを構えている。
よい陽気だったので園内にそういう光景は多々見られた。
だが、今回驚いたことはカメラ女子の数の多さ。
それもお散歩カメラ、なんてヤワなものではなく、三脚に長いレンズを装着したフルサイズの一眼レフ。肩に担いで颯爽と移動する姿がカッコいい。
そして、彼女達の推定年齢は60〜70歳!あわわ。

その年代のカメラ男子は昔から多数お見かけするが、昨今のアマチュアカメラマン事情はこんなことになっていたか!!
驚きました。
池のそばの男女比はざっと6:4だった。

感心した自分は、60代後半と思われるカメラ女子のお一人にリサーチを試みた。

ー みなさん何を撮ってらっしゃるのですか。

「ああ、鳥よ。きれいな色の鳥が来るからここで待っているのよ。緑色の、なんてったっけかな...」

ウグイス?!と喉元まで出かかったが、さすがにその名は忘れまい、もっと珍しい鳥だろうと素人な自分を恥じ、次の質問。

ー いつもこんなふうに多くの方がシャッターチャンスを狙ってらっしゃるのですか。

「そうそう。今日みたいな暖かい日は特にね。いや暖かいっていうか暑い。ほら、こんなに汗かいちゃった」

そう言いながら背中を見せてくださる。なるほど、シャツには汗染み。

ー それで、今日は良い写真が撮れましたか?

「そうだと思うよ。ずっとああして待っているんだもの。
あたし?あたしはね、本田さんのつきあい。今日は猫の避妊をしに来たの」


どうやらこの方は少し事情が違ったようですが、本物のカメラ女子の皆さんはおしゃべりすることもなく、獲物を狙うようにファインダーにかぶりついていたのです。
自分も一応カメラを持っていたのですが、重い三脚持参などはなから考えていなかった。

何だか励まされた日だったので投稿した次第です。





Mandala スナップは食い気優先




もちろん花も撮りました。





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| アート | 21:44 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
丸の内ウォークと「松丸本舗」
先日いただいた飴。
これが素晴らしく可愛くて美味しくて、幸せな気分になってしまったMandala Design sachiです。




小さいのにひとつひとつ、しっかりとその果実の味がする!



パパブブレ。バルセロナに本店を構える、アートキャンディ専門店だとのこと。海外版金太郎飴ですね。







papabubbleサイトより転載
http://www.papabubble.jp/

〜パパブブレのショップは、まるで小さな劇場。毎日、職人が手作りでキャンディを作っている姿を見ることができます。大きな鍋が出てきたら、キャンディ作りのスタートです。色とりどりの甘い液体がボードの上に流され、職人が豪快に練っていきます。練られたかたまりを細長く伸ばし、太さと色の違うキャンディを重ね合わせて、太い1本の棒にします。この時点ではどんな絵柄になるのか、まだわかりません。太い棒状のキャンディを伸ばし、直径1センチ程度の太さに。最後は、職人の鮮やかな手つきでカットされ、宝石のようなキャンディができ上がります。液体から固体へ、鮮やかな変化を遂げて1粒のキャンディができていくのです。〜


生まれ変わった東京駅 TokyoStationCity内の、昨年秋オープンしたばかりショップで友人は買ってきてくれて、手渡してくれた。
niceセンス!ありがと。

その日も丸の内界隈はイルミネーションが美しかった。
有楽町と大手町を結ぶ、丸の内仲通りの街路樹に「シャンパンゴールド」色のライトが灯る。この丸の内オリジナルカラーだというLEDの色がまた、大人っぽくて上品。石畳の通りに映えているながめなどは、ヨーロッパの古い街並のよう。(イルミネーションは2/17まで)



このお店すき。パスタもおいしい。DHL車も丸の内マジックで何だかおしゃれ。


ハイセンスなショップの並ぶ仲通りもいいけど、東京駅を背にして行幸通りを皇居方面にてくてく歩いたりするのも気持ちよい。昼間にはお濠の白鳥にも会えるしね。



ぎゅんぎゅんのフィッシュアイで皇居方面をながめる


ところで、丸の内と言えば、丸善丸の内本店の「松丸本舗」が閉店してしまったのはショックだった。
三菱一号館美術館や丸の内ブリックススクエアが建設中だった二、三年前、職場が近かったこともあり、よく行っていた。
作家/編集者の松岡正剛氏プロデュースの書店で、2009年、丸善内にオープン。本の並べ方、レイアウトが強烈に面白かった。
通常の書店のような、五十音順ではなく、作家別でもない。本の体裁はまったく関係なく、テーマ別に本が並べられているのだ。つまり専門書と小説と写真集とマンガが、ある関連性のもとに、ともに背表紙を並べていたりする。
よって、始めはあるテーマの写真集をながめていたのに、いつの間にかその隣にあった同じ題材を取り扱った小説を手に取って読んでいた…ということが起こってくる。しかもテーマも限定的ではなく、一つの書棚でグラデーションのようにつながりを見せて行く。楽しい。「知の迷宮」に入り込んだ雰囲気だった。時間を完全に忘れてしまう。

(リンクをたどるごとに世界観が広がるネットのイメージにも似てるかも)
(あっ。今気がついたんだけど、ヴィレヴァンにも似てるw ヴィレッジヴァンガード知的編)



ありし日の「松丸本舗」


横積み、重ね置きもあったよ



「いまの本屋さんに欠けているのはセレクトショップの感覚。小説、ビジネス、音楽…と『分類』するだけでしょう。そうではなくて、本棚には『文脈』が必要。本の並びそのものが、シナリオであり、ドラマでありうる」
「本は数冊が組み合わさることですばらしい景色をつくる。ただ、10冊のためのタイトルはない。それをつけることで、イメージが立ち上がる。そこがすごく重要なんです」


松岡正剛さん
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121209/bks12120908280010-n1.htmより

大いに共感します。
松岡氏の「松岡正剛の千夜千冊」にはいつも本当にお世話になっている。

「松丸本舗」どこかで復活してくれないかな。





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| アート | 16:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
高木正勝 on Musictonic
高木正勝の奏でる音楽。
それは世界への祈りだと思う。
世界の豊かさ。美しさ。優しさへの賛美。


以前にも投稿しましたが、高木正勝さんが今年も大変に気になる、
Mandala Design sachiです。

最近は細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』の音楽を担当したり、ダンサーの森山開次さんとコラボレーションした『曼荼羅の宇宙』が上演されたり、と大活躍。
吉祥寺バウスシアターで行われた鼎談では、本当に息のかかるような間近で話を聴くことも可能だったのに、すっかり手の届かないお方となってしまったな。



http://musictonic.com/music/高木正勝#v=ByIbaPPgopw

ところでこのMusictonicというサイトが素敵。
検索した音楽家のyoutube動画を順番に延々と流してくれる。
PCで作業しながらのBGMにぴったり。おすすめですよ!







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| アート | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
会田誠展「天才でごめんなさい」
あけましておめでとうございます。
今年も唐草倶楽部をどうぞよろしくお願いいたします。

Mandala Design sachi は年の瀬に、
会田誠展「天才でごめんなさい」 森美術館
を見てきました。
感想は、そりゃこんな展覧会は天才にしかできないな!ということ。
タイトルは、あるいは「変態でごめんなさい」でもよかったかもしれないな、と思いました。
いや決して悪い意味ではないです。いい意味です。笑




ー 奇才 会田誠の全貌が明らかに!
会田誠は、今日最も注目されている日本の現代アーティストのひとりです。その作品は、グロテスクでエロティックな作風を見せたと思えば、一方では政治的、歴史的な課題への鋭い批評性を見せます。また日本の現代社会を投影しながら、同時に伝統的な美術作品や様式も多く参照されています。ただ、その作品を俯瞰してみると、この多義性こそが日本社会の縮図のように見えてくることも事実です。会田誠の美術館での初個展となる本展では、デビュー以来20年以上にわたる会田の混沌の全貌を、新作を含む約100点を通して明らかにします。ー
(森美術館サイトより引用/以下、写真もすべて同サイトより引用)
http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto_main/about/index.html


入り口から入ると、まず初期作品やおなじみ戦争に関するテーマの作品が並ぶ。中でも古い襖に書かれた「 紐育空爆之図」は有名で、自分も以前どこかで見たことがあった。



《 紐育空爆之図にゅうようくくうばくのず(戦争画RETURNS)》
1996年


それからこれもお得意の女子シリーズ。


《切腹女子高生》
2002年


興味深かったのは、小中学校の図工や美術で我々誰もが描いてきた、図画やポスターなどのコーナー。
それが彼の手によって、完全に再現されていた。
入学から順に、ベニヤ版のボードに貼られており、どの画用紙の下にも「会田誠」と書かれた白い紙がついている。(一番最初の作品は大人(先生)の字で「あいだまこと」と書かれていた。芸が細かい)
ポスターの文字は「あいさつをしよう」とか「だめ。ぜったい」とか「自然を守ろう」とか。高学年になるに従って、標語の質もそれらしく変化していく。懐かしく思った。大昔の自分に出会った気がしたのだが、我ながら何も考えずに描いていたな、と変な感心をした。こう書いておけば正解。先生に注意されない。無難。そう思うことを自動的に描くように訓練されてきたんだなーとしみじみ思う。これじゃ天才は生まれにくいわ。
...と、一見示唆に飛んだ思索的なコーナーにも見えかけたのだが、見ている人たちにとってはここは自由区そのもののようだった。
くすくすと一人で笑う人、「おれにも描けるし」と連れにささやく人、「もうギャグ日の世界だわー」という感想まで聞こえてきた。みんなの顔が笑い顔。楽しかった。

Twitterのつぶやき(iPhoneでのスクリーンショット?)がびっしりとコラージュされた巨大なモニュメント作品もあった。どれも原発や放射能関連のツイート。「原発事故によって生じた、日本人の心の分裂・断絶について感じた驚き」を表したとのこと。

「18歳未満の方の入場をご遠慮いただいている特定のギャラリー」(通称18禁部屋)というスペースもあった。
幕をくぐって入るとそこは変態ど真ん中ワールド。自分は普段あまり見ることのない、美少女の缶詰やら美少女ヒロインのエロマンガやら美少女犬やら(これは非常に美しい日本画だった)の世界。日常的にそういうものに接する文化をお持ちの方々には特段に驚く作品ではないのかもしれないけど。
Mandala Design的には「え。これの展示ありなの?」とビビりました。

その後も何でもありの作品群が続く。



《スペース・ウンコ》
1998年


《日本に潜伏中のビン・ラディンと名乗る男からのビデオ》
(こたつに入った会田誠扮するビン・ラディンが酒を飲みながら、友人の会田について、日本について、だらだらと話しているという作品)など脱力系アートが盛りだくさん。





そういった清濁合わせたカオスを抜けたあと、本気の日本画作品群の部屋が開けた。どれも素晴らしく、見ている人もみなしんとしていた。その腕は確か。当たり前だけど(笑)
それでもよーく見るとモチーフはほとんど美少女なんである。



《ジューサーミキサー》
2001年
なぜ少女なのかという質問には「おじさんとか年寄りよりもおいしそうだから」とは作家ご本人のお答え。



《灰色の山》
2009-11年
遠目に見ると幻想的な砂山のよう。平山郁夫のシルクロード絵のイメージ。だが、よーく見ると全部背広姿のサラリーマン。人種もさまざま。パソコンやデスクや付箋なんかが一緒くたになってる。


《ジャンブル・オブ・100フラワーズ》という新作は横に長い(10メートルくらい?)大作だった。
「素っ裸の女の子たちが、銃で撃たれまくっているという作品。コトバで聞くと印象がよくないと思うのですが、打たれても血が飛び散るのではなく、イチゴや花、ダイヤモンドなど可愛らしいものが散乱している。なるべく女の子から生々しさを排除し、肌の質感はリカちゃん人形のような感じにしています。」(作家本人談)

下は《ジャンブル・オブ・100フラワーズ》のエスキース(下絵)





日本の現代アートは今こうなっている、ということを楽しみながら知ることができる美術展だと思いました。
3月末まで開催しています。


会田誠展:天才でごめんなさい
会  期: 2012年11月17日(土)−2013年3月31日(日)
会  場: 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)

http://www.mori.art.museum/contents/aidamakoto_main/about/index.html

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| アート | 17:08 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |

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